あたたかな春の午後。公園の木々の中。
腕の中で世界で一番大切な人が微笑んでいる。
そんな君が好き
桜が散り、新緑が目立ち始めたこの頃。ルキアは黒崎医院に向かって歩いていた。
四月からルキアは近くの短大に、一護は医学部のある大学に通っている。
空座高校に通っていた頃より会う時間は少なくなったが、それでも一緒に住んでいるので毎日顔は合わせている。
淋しく思うこともあるが、短大での生活は楽しいし、家では一護がなるべく二人きりで過ごそうとしてくれている。それがたまらなく嬉しい。
それなりに充実した毎日を送っている自分に、ルキアは思わず笑みをこぼす。
そんな時だった。
「あー!!黒崎先生とこのルキア姉ちゃんだ!!」
いきなり名前を呼ばれてルキアは立ち止まる。声のした方を振り向くと、小学生くらいの男の子と女の子が数名立っていた。
なんだろうと首を傾げるルキアに子どもたちは………
「お願い、ルキア姉ちゃん!助けて!!」
と懇願した。その必死な姿にルキアはさらに首を傾げた。とりあえず子どもたちの目線に合わせるために座る。
「一体どうしたのだ?」
優しく微笑んで尋ねるルキアに、子どもたちの中で一番小さな女の子が泣きながら抱きついてきた。
「ネコちゃんを助けて!」
少女の言葉にルキアは思わず「は?」と声を上げてしまった。
「あそこの木にね、仔猫が登ったまま降りてこないの」
「きっと怖くて降りれないんだよ」
子どもたちが指差す方を見れば、小さな黒猫が木の枝にしがみついたまま動かない。子どもたちの言う様に、登ったはいいが怖くて降りれなくなったのだろう。
悲しそうに鳴く仔猫。同じように悲しそうに仔猫を見つめる子どもたち。
ルキアは子どもたちにニッコリと笑いかけた。
「よし。私が登ってあの仔猫を助けに行こう」
その言葉に子どもたちの表情がぱあっと明るくなる。それを見てルキアは微笑んだ。
もともと木登りは好きで、流魂街にいる頃からよく木登りをしていた。
朽木家に養女として迎えられてからも、家の者の目を盗んでは登っていたし、現世でも登っていた。
以前、木登りをしているところを一護に見られ、こっ酷く怒られた。理由は制服で木登りをするな、だった。
その時は怒られる理由がわからなくて思いっきり口論したが、後からそれがとても恥ずかしいことだということを知った。
制服のような短いスカートだと中が見えてしまうことを井上たちが教えてくれたのだ。
石田に至っては『女の子がスカートで木登りしていたら男は……』とやたら詳しく説明してくれた。
しかし、今日のルキアは珍しくジーンズをはいていた。
数日前、高校の同級生たちに久しぶりに会った時、千鶴に『たまにはこういうのを着て黒崎を驚かしちゃえ☆』と言われ、思わず買ってしまった。
買った後に似合うのだろうかと悩んだが、せっかくだし…と今日初めてはいてみた。
だが、一護は先に家を出ていたため見てもらえなかった。
まさかこんな所で役に立つとは…と思いながらルキアは木に手をかけた。
慣れた手つきでどんどん登っていくルキアを見て、子どもたちは「すごーい」と声を上げる。
登り始めて数分でルキアは仔猫のいる枝の所まで登った。
木自体は太くて大きな木だが、仔猫のいる枝はとても細く、ムリをすると枝が折れて仔猫が落ちてしまいそうだった。
比較的太い枝を持って、ルキアは手を仔猫に向かって伸ばした。
「おいで」
優しく声をかける。それに安心したのか、仔猫がゆっくりルキアに向かってきた。ところが。
「頑張って!!」
下で子どもたちが大きな声を出した。その声に驚いて仔猫が跳び上がる。そのまま枝から落ちかけた。
咄嗟に手を伸ばして仔猫を捕まえたルキア。
「よかった…」
とホッとしたのも束の間。そのままグラリと体が傾く。仔猫を捕まえようとして、掴んでいた枝を離してしまい、体を支える術を失くしていたのだ。
まずいと思ったが、体はすでに木から落ちかけていた。思わず仔猫を抱く腕に力がこもる。
下で子どもたちの叫び声が聞こえる。自分が落ちたら子どもたちはきっと泣くだろうな、とルキアは思った。
ドン!!
仔猫を抱いたまま木から落ちたルキアは何かにぶつかった。
大怪我だったら井上か浦原に来てもらわないと…きっと一護に怒られるだろうな…と頭の片隅で考えていたルキアだが、何故か体が痛くないことに気付いた。
閉じていた瞳をおそるおそる開けてみる。そこには心配そうにルキアを見つめる子どもたちと。
今までに見たことがないくらい眉間に皺を寄せて怒っている一護がいた。
「………猫!!」
一護がここにいることに驚いたが、それ以上に自分が助けようとした仔猫がどうなったか気になってルキアは自分の腕の中を見る。
そこには小さな黒猫が丸まっていた。ケガもしてないようで思わずルキアはホッと息を吐いた。
「ルキア姉ちゃん大丈夫!?」
子どもたちが声をかけてくる。その中の一人にルキアは仔猫を渡した。
「私も仔猫も大丈夫だよ」
「ルキア姉ちゃんが落ちてきた時はビックリしたけど、一護兄ちゃんが助けてくれたから。ケガがなくて良かった」
良かったと安堵する子どもたち。ルキアはニッコリと微笑んだ。
「ネコちゃんおなかすいてるよね?ミルクあげよう!」
子どもの一人がそう言うと、他の子も「そうだね」と賛同する。
子どもたちは立ち上がると「ありがとう」と言って去っていった。ルキアはそれに手を振って応えた。
子どもたちが立ち去って数分。一護とルキアは一言もしゃべらなかった。
木から落ちた時一護が受け止めてくれたため、ルキアはケガをしなかった。ルキアは今、一護の膝の上に座った状態であった。
早くどかないとと思ったが、動けなかった。一護が怒っていたから。
このままでは埒が明かないと思ったルキアは、思い切って一護に目を向けて言った。
「助かったぞ、一護。貴様が来なかったら私は大怪我をしているところだった」
「………………」
「仔猫もケガをしていたな」
「………………」
一護は何も言わない。これはかなり怒っているな…とルキアは思った。
とりあえず、このままでは重いだろうとルキアは膝の上から降りようとした。ところが一護に思いっきり腕を引っ張られる。
ルキアはそのまま一護の胸に倒れこんだ。
「いっ、一護…」
「お前さぁ………」
焦るルキアの声に一護の低い声が重なる。
「俺が怒ってるの、わかってんのか?」
ルキアはゆっくりと頷く。一護の表情とその声の低さから、かなり怒っていることはわかっていた。
「俺、前に木登りするなって言ったよな?」
「覚えている。でもあれはスカートだと中が見えるからだろう?今回はジーンズだから問題ないであろう?」
一護は深く溜息をつくとルキアの顔をジッと見た。
「それは関係ない。確かにあの時はそれも理由の一つだったけど、もっと大きな理由がある」
「もっと大きな理由?」
ルキアは不思議そうに一護を見つめる。一護は真剣な表情でルキアを見つめ返した。
「お前がケガするかもしれないだろう?」
ルキアは驚いた。一護は自分が木登りが得意なことは知っている筈なのに何を言っているのだろうと思った。
「貴様。私が木登りが得意なことを知っているくせにそんなことを思っていたのか?私が木から落ちるわけなかろう」
「現にさっき落ちたじゃねぇか」
「あれは猫を捕まえようと思ってだな」
「俺が来なかったら、お前確実に大怪我してたぞ」
「う…それは、その…すまない」
助けてもらった手前、これ以上文句は言えない。ルキアは素直に謝った。一護は「よし」と頷くとルキアを抱き寄せて言った。
「俺はな、俺のいない所でお前にケガしてもらいたくねぇんだよ」
ルキアは一瞬目を見開いて驚き、「すまない」ともう一度謝った。
「ところで、何故私がここにいるとわかったんだ?一護」
当初の疑問。何故一護がここにいるのか。
この公園はかなり広く、ルキアが登っていた木はかなり奥の方にあってあまり人も通らない。子どもたちがかくれんぼをするには最適の場所だが。
よく見つけたなと感心するルキアに、一護はぶっきらぼうに言った。
「公園の前を通ったらお前の霊圧を感じたんだよ」
「ああ。なるほど」
納得するルキア。一護はジロっとルキアを睨みつけて言った。
「行ってみたらお前は木に登ってて、何やってんだって思ったときにはお前木から落ちてるし」
「う………」
「何とか受け止めたはいいが、お前の第一声は『猫』だし」
「あ………」
「その後もお前、子どもたちと話してて俺には礼も言わないし」
「ぐ………」
「なんか俺、報われてなくねぇか」
「す、すまない………」
申し訳なさそうに項垂れるルキア。一護はニヤリと笑う。
「ま、別に悪いことだけじゃないけどな」
一護の言ってる意味がわからずしばらく考え込んだルキアだが、ふとあることに気付く。そういえばずっと一護の膝の上に座って抱きしめられていると。
「一護。そろそろ降りたいのだが………」
一護の言ってる意味がわかったルキアは一護の腕の中で体を捩る。しかし一護は。
「やだね」
と一言で終わらせた。
「誰かに見られたらどうするのだ!?」
顔を真っ赤にして抗議するルキアだが、一護は全く動じない。それどころか楽しそうに笑っている。
「こんなとこ誰も来ないって。それに体を張ってお前を助けたんだからな。ごほうびくれよ」
そう言って一護はギュッとルキアを抱きしめる。
「恥ずかしい…離せ」
これ以上ないくらいルキアは顔を真っ赤にさせて訴えたが、一護は楽しそうに微笑んで抱きしめる腕に力を込めた。
しばらくバタバタと暴れていたルキアだったが、一護が全く動かないので諦めて大人しく抱かれていた。
相変わらず顔を真っ赤にしているルキアを見て、一護は思わず笑ってしまう。
いきなり笑い始めた一護を不思議そうに見つめるルキア。
一護はルキアに優しく笑いかけると、ルキアの額に自分の額をあてた。
「俺のいない所で危ないことするなよ」
その言葉を聞いて、ルキアははにかんだ様に笑って頷いた。
時々とんでもないことをする君だけど。
そんな君が好きだよ。
ぐはぁっっ!!!(爆死)
書いた本人、恥ずかしくて死にそうです。私的に甘すぎですよ、コレ!!
前に書いた医大生一護、短大生ルキア設定のお話でございます。
めっちゃ捏造未来ですが、書いてて楽しいというか、この設定だと甘く書けるんです。何故?
このお話、シリーズ化します。一話完結連載的な。まだまだ続きます、多分。
連載系は小部屋に置いていくつもりなので、「たまには…」も小部屋に移動しました。
実はコレ、かなり前から書いてました。出来上がるまでに二週間かかりました。長っ!!
こんなに時間がかかった理由。恥ずかしくて途中で中断してたからです。何度も…
でもこの設定自体は好きなので、また書くつもりです。甘々修行にもなりますし(笑)
ただし、更新は遅いと思います。上記の理由で。頑張ります!!
最後に、駄文ではありますがこのお話をみゆき様に捧げたいと思います。
up 07.04.16
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