語りかけられない分、あなたを抱き締める。


抱き締める



「久しぶりだな………」

ぼんやりと夜空に浮かぶ月を眺めながら、ルキアは呟いた。それから辺りを見渡し、クスクスと笑い声を上げた。

「本当に変わってないな、空座町ここは」

久しぶりに現世に来た。あの日以来、ルキアはずっと現世には来ていなかった。たくさんの思い出が残る現世に足を運ぶことができなかった。
今回、現世に来たのは任務のため。任務でなければ今でも現世には来てなかったはず。
いい加減、吹っ切らなければと思っていたので、これはいい機会だと考えてルキアは任務に臨んだ。
任務自体は簡単なもので、ルキアはさっさと仕事を終わらせてのんびりと月を眺めていた。

「さてと、そろそろ帰ろうかな」

よいしょ…と立ち上がり、袴についた土を払い落とす。
その時、目を向けた先に懐かしい道を見つけてルキアは思わず目を細めた。以前、この道を大事な人と二人で歩いた日々を思い出して。
彼は元気にしているのだろうか?そう思った瞬間、心の奥底に封じ込めていた彼への想いが溢れ出て。
気が付いた時には、ルキアは彼の…一護の家に向かって歩いていた。



久しぶりに一護の家にやってきたルキアは、今更ながら後悔していた。
一護の家に来たからといって、一護に会えるわけではない。何故なら霊力を失った彼は自分を見ることはできないのだから。

「全く……何をしているんだ、私は」

自分の行動の浅はかさに自嘲しながら、ルキアは一護の部屋の窓を見つめた。
ほんの少しだけ、窓から顔を見るだけ……そう心の中で呟いて、一護の部屋の窓へルキアは足を向けた。

(………いない?)

窓から部屋の中を覗いたルキアは、中に一護がいないことに首を傾げた。この時間、一護は大概勉強をしている。

「風呂にでも入っているのかな?」

フゥ…と溜息交じりに呟く。一護の姿を見ることができなくて、ほんの少し悲しかった。
ふと、ルキアは家の中の霊圧を探った。ルキアの姿を見ることができるであろう一心は不在らしく、夏梨はリビングにいるようだった。
一目だけでも…その想いに勝てず、ルキアは窓に手をあてて一護の部屋に入った。

「霊体はこういう時便利だな」

窓からすり抜けるようにして一護の部屋に入ったルキアは、一人呟いた。
そういえば初めて一護に会ったあの日も、壁からこの部屋に入った。その瞬間を一護に見られた。それが彼との出会い。
あの時は一護から泥棒と間違えられたり、蹴られたりと散々な目に合った。

「それにしても、いきなり部屋に入って驚いたのはわかるが、何も蹴らなくてもいいではないか………」

生身の人間に蹴られたことに驚いてあの時は何も言わなかったが、今思うといきなり蹴られたことにほんの少し怒りを覚える。

「………いつか、直接本人に文句を言ってやろう」

それが一体いつになるかはわからない。もしかしたら文句を言うことができないかもしれない。
だけど、いつか必ず。

―――ガチャリ

突然ドアが開き、ルキアはビクリと体を跳ね上げた。恐る恐る後ろを振り返る。そこには………マグカップを持った一護が立っていた。

「いち……………」

咄嗟に声をかけたルキアだったが、途中で口を閉ざした。何故なら一護が脇目もふらずルキアの横を通り過ぎたから。
霊力を失った一護はルキアの姿を見ることができない。それがわかっているのに、わかって会いに来たのに、何故かルキアの胸がチクリと痛んだ。
マグカップを机に置いて、一護は椅子に座った。机の上に置かれたマグカップの中身を覗き見て、ルキアはクスリと笑った。

「また、こんな苦い飲み物を飲んでいるのか」

マグカップの中身はコーヒー。以前飲ませてもらった時、そのあまりの苦さに吐き出しそうになった。そして一護に言った。「こんな苦いものは飲めない」と。
それ以来、彼はルキアに甘いココアを用意してくれるようになった。「甘くておいしい」と絶賛すると、「お子様だな」と一護は笑った。
その笑顔がとても優しくて、知らず胸が高鳴った。

「一護」

そっと、一護の肩に手を添える。しかし、彼はルキアの存在に気付かない。

「一護」

もう一度名前を呼んで、ルキアは背後から一護を抱き締めた。
一護は何の反応も示さず、机の上にあった教科書を開いて勉強を始めた。その行動がルキアを苦しめる。

私はここにいるよ。
側にいるよ。
今、君を抱き締めているよ。
こっちを見て。
私に気付いて。
もう一度、私に笑いかけて。

「一兄」

カチャリとドアが開き、ルキアは急いで一護から離れた。
部屋に入ってきたのは夏梨だった。彼女はルキアの姿を見とめると、「あ…」と小さな声で呟いた。

「どうした、夏梨?」

椅子に座ったまま、体を夏梨の方に向けて尋ねる一護。その声に夏梨がビクリと体を揺らした。

「あ、遊子がお風呂どうぞって」
「悪いな」

立ち上がり、ルキアの横を通り過ぎていく一護に思わず夏梨が「あ」と声を上げた。

「どうした?」
「ううん……何でもない」

いつもと違う様子の夏梨に一護は首を傾げる。しかし、夏梨は何でもないと首を横に振った。一度だけ、チラリと一護の横に目を向けて。
夏梨が目を向けた先…そこには、人差し指を唇にあてて悲しそうに微笑むルキアがいた。

「さてと、風呂に入って宿題を終わらせてさっさと寝るかな」
「そうだね」

部屋を出て行く一護の後に夏梨も続く。すると、ドアの前で一護が立ち止まった。

「夏梨」
「な、何?」
「大丈夫か?」

何のことだと夏梨は首を傾げる。すると、眉間に皺を寄せながら一護が困ったように呟いた。

「なんか、凄く悲しそうな顔してたからさ、お前」

夏梨は咄嗟に一護の部屋を見た。そこにルキアの姿はなかった。

「本当にどうしたんだよ、お前」

頭上から心配そうに声をかける一護に夏梨は答えることができなかった。

「何でも……ないよ」
「そうか?ならいいけど」

いまだ心配そうに見つめてくる一護に「早くお風呂に入ってよね」と笑いながら、急かすように背中を押した。
そして部屋の電気を消すために振り返った夏梨は、心の中で祈った。



いつかまた、二人が一緒に並んで笑いあえますように…と。







先に言っておきます。管理人はいまだ二人が別れた前後のお話を読んでません☆
いい加減読めって感じですが、絶賛仕事やら原稿やらに追われてます(涙)
捏造甚だしいお話ですが、広い心で許していただけるとありがたいです。

こう、一人は見えるのにもう一人には姿が見えないって何とも萌えますね!!!
離れ離れってマジでおいしい設定ですね!

久々にイチルキ書いたら何だか癒されました。イチルキ、いいですね!!!


up 11.03.06