ありがとう。どうか幸せに…
どうか・・・
私が緋真様に出会ったのは、緋真様が白哉様の奥方として朽木家に迎えられた時。新入りだった私は緋真様の侍女になるよう言われた。
その時、私に緋真様の侍女になるよう命じた古参の侍女の言葉を今でも覚えている。
『流魂街出身の奥方様だから。身分の低いアンタとは気が合うでしょう?』
クスクスと蔑むように笑う侍女を睨み付けたかったが、新入りの自分などいつクビを切られてもおかしくないので我慢した。
貴族とは言っても名ばかりの実家は貧乏そのもので。今ここから追い出されたら自分は生きていけない。そう思いながら、私は緋真様の部屋に案内された。
部屋に入って私は驚いた。中には緋真様だけでなく、白哉様もいた。ご夫婦なのだから当たり前と言えば当たり前なのだけれど。
勝手に緋真様だけと思っていたから本当に私は吃驚した。
驚いている私に、私を部屋まで連れてきた古参の侍女が「白哉様がいるのだから、頭を下げなさい」と小声で言った。
慌てて頭を下げた私。すると白哉様が古参の侍女に私だけを残して下がるように言った。
古参の侍女は一瞬躊躇うような仕草をしたけど、すぐに部屋から出て行った。先程自分に嫌なことを言った人だが、いなければいないで心細い。
頭を下げたままオロオロする私の側に誰かが近付いてきた。
「顔を上げてください……」
透き通るような綺麗な声が聞こえて、私は思わず顔を上げた。そこには優しげに微笑む緋真様がいた。
「あの…何も知らない田舎者ですが、よろしくお願いします」
「え!?あ!こっ!こちらこそよろしくお願いします」
深々と私に頭を下げる緋真様に恐縮して慌てて挨拶をした私。そんな私たちを見て白哉様が笑った。
「二人共…そのくらいにしておいたらどうだ?」
「そうですね」
白哉様が笑うところを初めて見た私は驚きのあまり目を瞠った。そんな私のことなど気にせず、白哉様と緋真様は微笑み合っている。
「名前を言ってませんでしたね…私は緋真と申します」
「あ…私は、千代です」
「千代…素敵な名前ね」
そんなことを言われたのは初めてで。家族以外でこんなに優しくしてもらったのは初めてで。
私はこの人のために誠心誠意仕えていこうと思った。
わかってはいたけれど。屋敷の者たちは緋真様に冷たかった。
特に、昔から朽木家に仕えている年配の方々は緋真様の存在自体を否定している感じで私は嫌だった。
若い侍女たちの反応は半分に分かれていて、私のように緋真様の優しさに惹かれて仕える人もいれば、自分より身分が低いくせに…と冷たい態度をとる人もいた。
そんな空気を緋真様も感じたのか、時々哀しそうに空を眺めるようになっていた。
そんな緋真様の心の変化に気付いたのか、白哉様は屋敷にいる時は緋真様の側から離れず、緋真様が穏やかに過ごせるようにと心をくだいていた。
白哉様と一緒に過ごしている時は幸せそうに微笑んでいる緋真様。でも白哉様がお仕事で屋敷を空けている時は本当に淋しそうで………
「緋真様。こっそり屋敷を抜け出してお散歩でもしません?」
と提案した。
最初は驚いていた緋真様だったけれど、外に出たいという誘惑に勝てなかったのだろう。コクリと頷いた。
私は仲のいい侍女数名と口裏を合わせ、裏口から出れるように便宜してもらって、緋真様と屋敷を抜け出した。
「久しぶりに外に出たわ」
嬉しそうに辺りを見回す緋真様。その表情はとても活き活きしていて、私も嬉しかった。
「流魂街にいたころわね、いろんな所を走り回っていたのよ」
「緋真様がですか?想像できません」
「こう見えても走るのは大好きなのよ」
クスクスと楽しそうに笑う緋真様。流魂街の時の方が楽しかったのだろうか…と私は少し不安になった。
そんな時だった。
「見て。可愛いお店」
緋真様が指さす方を私は見た。そこには小さな小間物屋があった。
「見に行ってみますか?」
「ええ!」
小さな店の中には簪や鏡、櫛などの品々が置いてあった。どれも見事な細工が施されていて、私たちは感嘆の溜息をついた。
その中で、緋真様は一つの櫛を手にとって見入っていた。
「それ、気に入ったの?」
店の中から若い男が出てきて、緋真様に近寄る。私は思わず緋真様の側に行って男を睨みつけた。
男は私の睨みなど気にせず、緋真様に笑いかけた。
「ここにある物はほとんど俺の親父が作ったんだけど、それは俺が作った櫛なんだ」
「そうなんですか?とても綺麗な細工ですね。一目見て気に入りました」
そう言って男に微笑む緋真様。男の頬がうっすら赤く染まるのを私は見逃さなかった。同時に妙な胸騒ぎを感じた。
あれから緋真様と時々屋敷を抜け出しては、例の店に行くのが日課になってしまった。
気になってはいるが、櫛を買えない緋真様はじっと櫛を眺めては男とおしゃべりをしていた。
正直、私は拙いなと思っていた。男の緋真様を見る目は、どう見ても緋真様に好意をよせている目だった。
このまま通い続けて、男に変な期待を持たせてはいけないと思い、私は緋真様に言った。
「緋真様、あまり抜け出していると屋敷の者に見つかってしまいます。そろそろ止めませんか?」
「そうね………でも…」
哀しそうに微笑む緋真様。元々屋敷を抜け出すことを提案したのは私。悲しむ緋真様を見ていたら無理強いはできなくて………
「あと一回だけですよ」
と言ってしまい、結局そのまま店に通い続けてしまった。
白哉様の帰りが遅くなるという日、緋真様はいつものように屋敷を抜け出して、店の男と世間話をした。
その日、男が緋真様に何か言おうとしたけど、寸前で私が割り込んだため男は何も言えなかった。
私は男に睨まれたが、逆に男を睨み返した。緋真様は自分にとって大切な方だから、何かあったら自分のせいだと思って強い態度に出た。
私に睨み返されて驚く男。私は男を無視して引きずるように緋真様を連れて屋敷に戻った。
「緋真様、もう屋敷を出るのは止めましょう」
言いながら私が部屋の戸を開けた時だった。
部屋の奥に、文机にもたれ掛かるようにして本を読んでいる白哉様がいた。
白哉様は緋真様に微笑みかけながら言った。
「楽しかったか?」
それを聞いて、白哉様は私たちが屋敷を抜け出していることに気付いていたのだと知った。気付いていて黙っていてくれたのだとも。
恐縮し、謝る緋真様。すると白哉様も緋真様に謝った。
「気にするな。お前も淋しかったのだろう?最近、全く構ってやれなかった…済まぬ」
白哉様も緋真様が淋しい思いをしていたことに心を痛めていたのだろう。だから屋敷を抜け出していたことを黙っていてくれたのだ。
私は改めて白哉様の優しい一面を垣間見た。
『だから今度は私も一緒に行こう』
白哉様のその一言で、今私はお二人のお供をしている。今回は白哉様が屋敷の者に出掛けると言っているので、正門から堂々と出掛けた。
白哉様が一緒だからか、ずっと嬉しそうに笑い続けている緋真様。そんな緋真様を白哉様も愛おしそうに見つめている。
そんなお二人の姿を見て、私も嬉しくなった。
「白哉様。あのお店、私のお気に入りのお店なんです」
「そうか。では行ってみるか?」
「はい!」
店の前に来て、緋真様は白哉様にお気に入りの店だと告げた。こうなるだろうとは思ってはいたが、男のことを考えると、少し胸が痛んだ。
でも、これで諦めてもらえるかもしれない………そう思って、私は何も言わず二人についていった。
店にはいつものように男がいた。思ったとおり、白哉様を見て男は目を瞠って驚いていた。
「こんにちは」
何も知らない緋真様は、いつものように男に挨拶をする。男は曖昧に笑いながら聞いてきた。
「こんにちは。そちらは?」
「え…?あ……私の夫です」
白哉様のことを聞かれて、緋真様は頬を赤く染めながら答える。男はチラリと白哉様を見て「そうですか」とだけ答えた。
「そうだ!見てください。この櫛、こちらが初めて作った品だそうです。とても綺麗でしょう?」
「そうだな…お前、これが気になるのか?」
「あ…はい。気になって、いつもこちらに来ては見せてもらっていたんです」
白哉様に聞かれて困ったように微笑む緋真様。する白哉様は櫛を手にとった。
「白哉様?」
「これを…」
訝しがる緋真様の目の前で、白哉様は男に櫛を渡した。櫛を買うのだと気付いた男は櫛を受け取るとギュッと握りしめて値段を白哉様に言った。
「白哉様…あの…?」
「気に入ったのだろう?」
そう言って、白哉様は緋真様に櫛を渡す。緋真様は嬉しそうに微笑んだ。
「大切にしますね」
緋真様は男にそう言って、白哉様と共に店を後にした。私は一人店に残り、男に頭を下げた。
「今まで失礼な態度をとって、申し訳ありませんでした」
「いや…別に気にしていない」
男は驚いていたが、私が謝るとニコリと笑った。哀しそうに。
「あんたがやたら大切に扱うから、いいとこのお嬢様かとは思ってたけど…まさか結婚してるとは思わなかったな」
「ごめんなさい」
「あんたが謝ることじゃないだろ?確かに驚いたし、結構傷付いたけど………」
「けど?」
私が尋ねると、男は嬉しそうに微笑んだ。
「あの櫛が彼女の元にある限り、彼女は俺のことを思いだしてくれるだろう?それだけで充分だ」
私は少々驚いたが、すぐに男に向かって微笑んだ。
「そうね」
きっと緋真様はあなたのことを忘れない。あの優しい人は、自分に優しく接してくれた人に感謝をする人だから。
帰り際、男に「どうか幸せに…と伝えといてくれ」と言われた。私は「あなたもね」と言った。
男は目を瞠ったが、すぐに笑って「ああ!」と言った。
私の大切な人を想ってくれたあなた。どうか幸せになってください。
実は拍手と繋がってるよ〜話・第一弾。白緋です☆
久しぶりのサイトup!第三者視点でなんとなく暗いような・・・(汗)
オリキャラがこんなに出張っているのはワタクシ的には初めてかもしれません。
でも書いてて楽しかったので、満足していますvv
ホントは別館を書くつもりだったのに、脱線してこちらを書きました(苦笑)
これが終わったら別館に取り掛かろうと想ってましたが、第二弾の方を先に書こうかなとか思ってたり←え?
ちなみに第二弾はリョ桜だったりします。拍手の順番的にも。
大人な白緋は書いてて楽しいですvvイチルキやリョ桜では書けない話が書けます!
では、第二弾、三弾と頑張りますね、多分←え!?
*繋がってる話はこちら
up 07.10.16
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